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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(あ)157号 判決 1979年5月10日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人平川実、同打田等の上告趣意及び弁護人一松弘の上告趣意第一について

本邦に入国する者がその入国の際に貨物を携帯して輸入しようとする場合には、関税法六七条により、当該貨物の品名、数量、価格等を税関長に申告し、その許可を受けなければならないが、右の申告は、関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理を目的とする手続であつて、刑事責任の追求を目的とする手続でないことはもとより、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもない。また、この輸入申告は、本邦に入国するすべての者に対し、携帯して輸入しようとする貨物につきその品目のいかんを問わず義務づけられているものであり、前記の目的を達成するために必要かつ合理的な制度ということができる。このような輸入申告の性質に照らすと、通関のため当然に申告義務を伴うこととなる貨物の携帯輸入を企てたものである以上、当該貨物がたまたま覚せい剤取締法により本邦への持込を禁止されている覚せい剤であるからといつて、通関のため欠くことのできない申告・許可の手続を経ないでこれを輸入し又は輸入しようとした場合に、関税法一一一条の罪の成立を認めても、憲法三八条一項にいう「自己に不利益な供述」を強要したことにはならないことは、当裁判所大法廷判例(昭和二七年(あ)第四二二三号同三一年七月一八日判決・刑集一〇巻七号一一七三頁、同二九年(あ)第二七七七号同三一年一二月二六日判決・刑集一〇巻一二号一七六九頁、同三五年(あ)第六三六号同三七年五月二日判決・刑集一六巻五号四九五頁、同四四年(あ)第七三四号同四七年一一月二二日判決・刑集二六巻九号五五四頁)の趣旨に徴し明らかであるといわなければならない。覚せい剤を輸入しようとする者が関税法一一一条の罪を免れようとすればその輸入自体をあきらめる以外にないが、この場合にその者の蒙る不利益という観点からみても、それはもともと覚せい剤取締法によつて禁止されている輸入の断念を余儀なくされるということにとどまり、その者から特段の保護に値する利益を奪うことにはならないのである。

また、以上と同趣旨に帰する原審の判断が所論引用の各判例と相反するものでないことも明らかである。

所論はすべて理由がない。

弁護人一松弘の上告趣意第二は、単なる法令違反の主張であり、同第三は、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四〇八条により、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官戸田弘の補足意見、裁判官中村治朗の意見、裁判官藤崎萬里の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官戸田弘の補足意見は、次のとおりである。

藤崎裁判官が反対意見で指摘されるところに関連して、前記多数意見を前提としたうえで、若干の補足をしておきたい。

関税法六七条は、貨物を輸入しようとするかぎり、かならず税関長の輸入許可手続、すなわち通関手続を経なければならないこととしている。このように一切の貨物につき輸入しようとすればどうしても通関手続という関門を通らなければならないものとしているのは財政的には関税徴収の利便のためであるが、これとともにひろく社会生活、国民生活の安全と利益のため貨物が国内に流入する直前の段階で必要な規制を行うことを目的とするのであつて、もとより十分な合理性をもつ制度であるといわなければならない。

この通関手続を回避して貨物を輸入する行為、すなわち関税法上の密輸入行為に対する一般的な罰則が同法一一一条である。同条にあたる密輸入行為には、本件の場合のようにともかく税関を通過する場合とまつたく税関を通過しない場合とがあり、また、正規の手続に従つて申告すれば輸入が許可されたであろうといえる場合と本件の場合のように輸入の許可がありえない場合とが含まれる。同条は前記のように関税法上の密輸入行為に対する一般的な罰則なのであるから、密輸入行為であるかぎり、当該物件について輸入の許可がありえない場合も原則として(すなわち後記「輸入禁制品」の場合を除き)当然に同条の対象になる。通関手続は申告・許可等の手続からなる一連の手続であるが、これを回避した密輸入行為を処罰するものである以上(許可を受けなかつたこと自体を独立して処罰するのではなく、許可を受けないという態様で輸入したことを処罰するのであるから)、許可のありえない場合が含まれることは矛盾ではない。

関税法上の密輸入行為に対する罰則としては、別に同法一〇九条があり、同条は関税定率法二一条一項の定める「輸入禁制品」の輸入行為を対象としている。関税法一一一条が関税法上の密輸入行為に対する一般的な罰則であるのに対し、同法一〇九条は「輸入禁制品」の密輸入行為に対する特別の罰則であるといえる(法定刑も一〇九条のほうが一一一条よりずつと重い。)。現在の関税法では、覚せい剤等は「輸入制限貨物等」(同法一一八条三項)とされていて、「輸入禁制品」とされておらず、従つてその密輸入行為は一般的罰則である同法一一一条の対象となつているのであるが、覚せい剤取締法によつて輸入が絶対的に禁止されている覚せい剤のような物件については、むしろ「輸入禁制品」に入れておくほうが罰則が単純でわかりやすくなるということはいえるとしても、「輸入制限貨物等」に入つているからといつて、関税法の関係規定の効力を問題としなければならないほど立法的裁量の限界を超えた不合理な事態であるとは到底いえない。

そして、関税法一一一条の罪の構成要件は(輸入に関しては)、許可を受けないで貨物を輸入することであり、許可を受けないということは同法六七条の申告・許可の手続を経ないということなのであるから、覚せい剤の密輸入行為について同法一一一条を適用することが憲法三八条一項の解釈問題と無関係であるということはできないけれども、前記のとおり、関税法一一一条によつて処罰されるのは通関手続を回避してなされた輸入行為であり、通関手続の一部としての申告をしなかつたということ自体が独立して処罰されるのではないことに注目すべきである。すなわち、本件のような場合、覚せい剤取締法に違反して覚せい剤を輸入した罪は、すでに陸揚げによつて成立しているのであるが、そのままの状態で関税法六七条による申告が要求され、従つて不申告が問題とされることになるわけではなく、さらに関税法上の密輸入行為、すなわち税関の目をごまかして通過するという行為を企てる(本人にとつては予定の行動であろうが)ことによつてはじめて通関手続の回避、従つて不申告が(それ自体が独立して処罰の対象となるのではないが関連して)問題とされることになるだけなのである(まつたく税関を通過しないで覚せい剤を密輸入する場合には、陸揚げによつて覚せい剤取締法違反罪と関税法違反罪とが同時に成立することになるが、この場合には覚せい剤の本邦への密輸入を企てることによつて不申告が問題となるような条件をみずから作り出したということになる。)。

要するに、すべての貨物の輸入について要求される一般的、合理的手続である通関手続を回避した覚せい剤の密輸入行為をあえて企てることによつてのみ、その行為の態様として通関手続の一部である申告をしなかつたことが問題とされるだけであり、しかも、行為者に対し右のような覚せい剤の密輸入行為をあえてしないことを期待することにいささかの無理もないことはいうまでもないのであるから、覚せい剤の密輸入行為について関税法一一一条の罪の成立を認めることが憲法三八条一項の禁じるところでないのは明らかであるといつてもよいと思う。(なお、多数意見の立場においても、不法な行為を選択した以上、不利益な供述を強要されても甘受しなければならないということではけつてなく、選択した行為の性質に相応して、合理的な範囲内でしかるべき内容、程度の負担、制約を課せられてもやむをえないというだけである。例えば、関税法上の密輸入行為をした者は一定期間内にその事実を届出なければならないというような規定を設ければ、それが憲法三八条一項に違反することは自明であろう。)

裁判官中村治朗の意見は、次のとおりである。

私は、本件上告を棄却すべきものとする結論においては多数意見と一致するが、その理由は以下に説くとおりであつて、多数意見とはこの点につき見解を異にするものである。

関税法が外国貨物の輸入(本邦に入国する者が入国の際に貨物を携帯して輸入する場合を含む。以下同じ。)について通関手続を設けた趣旨は、輸入貨物に対する適正な関税の賦課徴収の確保にあることはもちろんであるが、単にそれのみにとどまらず、貨物の輸入に対する管理を通じて違法な貨物の輸入を有効適切に阻止抑制することをもその一目的とするものであることは明らかである。すなわち、国法上一定の物品が一般に輸入を禁止され、又は一定の条件をみたしたときでなければ輸入することができないとされている場合においては、通関手続中において輸入しようとされている特定の貨物が右の輸入禁止品に該当するかどうかをチエツクし、右禁止物品が国内市場における流通過程に置かれる以前の段階においてこれを発見し、その流入を阻止することは、輸入禁止の目的を達成するための極めて有効な手段であつて、前記通関手続は、このような目的と機能をも帯有していると認められるのである。近年国際的な貨物の流出入の増加に伴い、望ましくない物品の国内流入もまた増大の傾向があることに照らすときは、通関手続の有する右の目的及び機能もまた、看過することのできない重要性を帯びるにいたつているといわなければならない。そして、物品の輸入の禁止が刑罰によつて強制されている場合には、通関手続のもつ右の目的及び機能は、同時にまた、犯罪の発見ないしは予防としての性質をも併有するにいたるのである。

ところで、右のような物品の輸入が刑罰をもつて禁止されている場合には、かかる物品の密輸入という犯罪を犯し、又は犯そうとする者にとつて右の通関手続の存在が犯罪の遂行上大きな障害をなすものであることは、極めてみやすいところである。すなわち、物品の密輸入は通常船舶又は航空機による正規の運転手段を通じてなされることが多いが、この場合これらの運送手段の到着地においては通関手続の経由が強制されるのが常であるところ、わが国の場合関税法の定める通関手続は、貨物の輸入をしようとする者において当該貨物につき法定の輸入申告をし、現物について税関職員の検査を受け、関税の賦課徴収の対象となる物品については賦課された関税を納付してはじめて輸入を許可され、これにより関税法上適法にこれを輸入することができるという構造をとつており、この申告と検査、特に後者の手続過程において輸入禁止物品が発見される可能性はかなり大きいのである。そして関税法は、このような通関手続を経て輸入許可を得ることなく貨物を輸入した者に対して無許可輸入罪として刑罰を科している(一一一条)から、同法は、輸入禁止物品の輸入という犯罪を犯し、又は犯そうとする者に対する関係においては、刑罰の制裁をもつて通関手続の経由を要求することにより、いわば自己の犯罪の発見の機会と手段を官憲に提供することを強制しているものということもできるのであつて、その意味では、このような措置が憲法上是認されるものであるかどうかは、それ自体一個の憲法問題であることを失わないといわなければならない。

本件において問題とされているのは、覚せい剤取締法により刑罰をもつて輸入を禁止されている覚せい剤の輸入者が関税法所定の輸入許可を得ないでこれを輸入したことに対し、前記同法一一一条の無許可輸入罪として処罰することが憲法三八条一項に違反するかどうかであり、前記上告論旨は、右の通関手続において輸入貨物の申告義務が課せられていることをとらえ、それが右輸入者に対し自己に不利益な供述を強制するものであるとして、専らその点についての違憲を主張するものである。しかしながら、右の無許可輸入罪は、前記のように、通関手続を経て輸入許可を受けることなくして貨物を輸入した行為を処罰するものであつて、右の通関手続の過程における輸入者の無申告ないしは虚偽の申告の各行為それ自体を処罰するものではない。その趣旨、目的は、通関手続のせん脱ないし無視の阻止であり、申告者からの正しい情報の取得それ自体ではないのである。もし後者であるなら、当該要求にかかる情報が申告者の犯罪行為そのものである限り、その提供の拒否を処罰することは申告者に対し自己に不利益な供述を刑罰の制裁をもつて強制するものではないかという直接憲法三八条一項との関係での問題が提起されることを免れないであろう。しかし、前者すなわち無許可輸入罪は、通関手続を全く経ないで物品を国内に持ち込み、又は通関手続において巧妙に官憲の眼をくらまして(輸入禁止貨物の発見については、後述のように、申告にはほとんど期待をかけられず、主としては厳重な検査の施行にたよらざるをえないのが実情であると思われる。)無許可のままで(輸入禁止品については関税法上輸入許可がされるということは考えられない。)税関の関門を通過する行為を処罰するものであり、これが右の密輸入者の自由に対して課する拘束の本質的内容は、前記のように官憲に対して自己の犯罪発見の機会ないし手段を提供することを強制する点にあるのであるから、密輸入者に対する関係における無許可輸入罪の憲法上の問題は、広くこのような強制が憲法上正当化されるかどうかという観点から考究検討されるべきものなのである。例えば、密輸入者が輸入貨物の品目を偽つて申告をし、輸入許可を得て当該物品を輸入した場合、もし前者については関税法一一三条の二の虚偽申告罪が成立し、後者については無許可輸入罪が成立する(ただし、この場合には形式上輸入許可がされていても、その許可は申告書記載の貨物について効果を有するだけで、実際に検査を受けて輸入された貨物について許可があつたものとすることはできないとの解釈が前提となる。)とすれば、憲法三八条一項が直接問題となるのは前者についてであつて、後者については、上述のようなより広い観点からの憲法問題として事を論じなければならないのである。また、現行法上は通関手続として前記のように輸入者による申告、輸入しようとする貨物の検査等を経て輸入許可がされるという構造がとられているが、今かりに申告に代えて輸入しようとする貨物の呈示を要求し、これに対する検査を経て輸入許可がされるという構造がとられたと仮定すると、この場合においては許可手続上輸入者に対してなんらの供述が要求されていないから、いかなる意味においても憲法三八条一項違反の問題は起こりえないが、しかし上に指摘した後者の憲法問題は、この場合にも当然提起されうるのであり、このことは、輸入が犯罪を構成する物品の関税法上の許可なき輸入行為を無許可輸入罪として別に処罰することに含まれる憲法上の問題の本体がどこに存するかを如実に物語るものといえる。その意味において、現行法がたまたま通関手続につき申告制度を採用し、輸入者に対して輸入しようとする貨物の内容の開示を要求しているとしても、その開示の拒否ないし虚偽開示そのものを処罰する場合はともかく、専ら当該行為が無許可輸入行為である点をとらえてこれを処罰しようとするものである限り、憲法三八条一項はかかる処罰の合憲性の問題と本質的な関連性をもつものではないというべきものと考える。

のみならず、関税法一一一条による無許可輸入行為の処罰が、刑罰をもつて輸入を禁止されている物品を輸入しようとする者に対する関係において、その事実を供述することを強制するものであるかどうかを考えてみるのに、このような物品の輸入についてはおよそ関税法上の輪入許可がされないものであるとすれば、右輸入者にとり真正な申告をするかどうかは輸入許可を得て関税法上適法な輸入ができるかどうかとは関係のないこととなるから、密輸入行為を無許可輸入罪として処罰すること自体は、右輸入者に対し、真正な申告をすれば不利益を課さないが、これをしなければ不利益を課すという形でこれを強制する作用、効果をもちえないといわざるをえず、その他の形での強制の存在もみあたらないのである。そうすると、自己に不利益な供述を強要されることを前提として始めて適用の可能性が生ずる憲法三八条一項違反の有無は、この点からも本件では問題となりえないものというほかはないのではないかと思う。

右の次第であるから、本件上告理由における憲法三八条一項違反の主張は、本件被告人の覚せい剤輸入行為に対し関税法一一一条を適用して処罰することの合憲性とは関係のない、ないしはその前提を欠く主張として排斥を免れず、地方上に指摘した右処罰に含まれるべき本質的な憲法問題については、原審においてその主張がなく、したがつてこれにつき判断を経由していないから、当審においてこの点につき判断を加えるべき限りではない。

裁判官藤崎萬里の反対意見は、次のとおりである。

多数意見は覚せい剤の輸入についても関税法一一一条の無許可輸入罪が成立することを前提としているが、私はまず法律レベルの問題としてこの点に疑問を持つ者である。すなわち、無許可輸入罪は国民に対し貨物の輸入について許可を受けることを強制するものであるから、輸入の許可されることがありえない貨物の輸入については同罪が成立するいわれはないと解すべきであると思う。覚せい剤取締法は覚せい剤の輸入を絶対的に禁止しているから(同法一三条)、覚せい剤については輸入申告があつても輸入が許可されることはありえない(関税法七〇条参照)。このように一方で覚せい剤の輸入を絶対的に禁止しながら他方でその違反者をして輸入の許可がありうることを前提とする無許可輸入罪の罰則に服させるというのは、矛盾していると思う。

さらに、私は、覚せい剤を携帯して税関を通過した者に無許可輸入罪の成立を認めることは憲法三八条一項にいう「自己に不利益な供述を強要」することにあたるのではないかと考えている。覚せい剤の所持を申告することは自分が現に罪を犯しつつあることを報告することにほかならないからである。多数意見は、輸入申告の一般的性質とくにそれが特定の個人に強制されていないことを理由に反対の結論に到達しているが、不利益な供述を強要されているか否かは現に覚せい剤を所持して税関を通過しようとしている時点においてこれをみるべきであると考える。多数意見の根底に不利益な供述を強要される破目に陥るようなことをするかしないかの選択の自由が当人にある場合には供述の強要とみられるようなことをしても憲法三八条一項違反にはならないというような考え方があるとすれば、この憲法上の保障に対する例外にはほとんど歯止めがないことになりはしないであろうか。私は、行政上の各種申告義務の憲法三八条一項との関係における合憲性の根拠は公共の福祉の要請からくる必要性に求められるべきであり、それ以外にはないと考える。すなわち、各種申告義務のそれぞれについて必要止むをえないという事情がなければならないが、覚せい剤の国内流入を税関で阻止するためには覚せい剤を麻薬などと同じように輸入禁制品として取り扱うことにより目的を達することができるのであつて、覚せい剤の輸入を無許可輸入罪の罰則に服させ輸入申告を強制する必要はないのであるから、これを強制することは違憲のそしりを免れ難いと思う。

そうすると、原判決が覚せい剤の輸入について関税法一一一条の罪の成立を認めている点は、法律の解釈適用を誤りその結果憲法三八条に違反しているか、もし法律の解釈適用に誤りがないとすれば法律の規定にその適用上違憲の結果を招くような不備があるということになり、いずれにしても弁護人平川実、同打田等の上告趣意及び弁護人一松弘の上告趣意第一は理由があることに帰するから、原判決はこの限度において是正されるべきである。

(戸田弘 団藤重光 藤崎萬里 本山亨 中村治朗)

弁護人平川実、同打田等の上告趣意

(昭和五三年四月三日付)

本件公訴事実は、被告人が外二名及び一名と共謀のうえ、営利の目的で昭和五一年九月二九日及び同年十月十六日の二回に亘り、韓国から覚せい剤を輸入したが(覚せい剤取締法第四一条違反)その際いずれも税関長の許可を受けなかつたという事案(関税法第一一一条違反)及び輸入にかかる右覚せい剤の所持事案である。

原判決は公訴事実どおり事実を認定したうえ、これらを、覚せい剤取締法違反及び関税法違反に問擬し、被告人を有罪としたが、原判決は憲法第三八条の解釈を誤り、且つ最高裁の判例と相反する判断をしたもので破棄を免れない。

弁護人は判示第一、二、及び第二、二の各事実(覚せい剤を輸入するにあたり、税関長の許可を受けなかつたもの)については関税法第一一一条の罪は以下述べる理由により、成立しないと主張するものである。

一、関税法第一一一条一項は「許可を受けないで貨物を輸出し、又は輸入した者は、三年以下の懲役若しくは、三十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」旨規定するが、本規定をそのまま本件のような覚せい剤違反(輸入罪ないし所持罪に該当する)の場合にまで適用して覚せい剤を輸入するに際しても、これを携帯品申告書等に記載させ許可を受けることを刑罰しかも厳罰でもつて強制することは、憲法第三八条により許されるものでなく、前記関税法第一一一条は、他の刑罰法令に触れる行為の場合特に本件のような厳罰が規定されておる覚せい罪の輸入行為については適用されないのが相当であると解する。

二、憲法第三八条は黙秘権を保障しており、その法意は何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項については、供述を強要されないことを保障したものであり、この保障は純然たる刑事手続においてばかりでなく、それ以外の行政上の手続においても、実質上刑事責任追求のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続にひとしく及ぶとされ、それ故行政手続上要求される行為が果して同条項に違反するか否かは抽象的な行政目的とは離れて個別的、具体的に仕分された上で決すべきであるとするのが判例の趣旨である(最高裁大法廷昭和四七年十一月二二日判決)。

関税法が関税収入の確保とともに、貨物の輸出入を国家的見地から規制することを目的とし、その手段として輸出入貨物は必ず税関という関門を通してこれを点検し、貨物の不法な輸出入を阻止せんとするための立法であるから、その目的と手段自体は正当と言わざるを得ない。

しかし、輸出入貨物のいかなるものであるかを問わず、即ちそれが他の刑罰法令に触れる有無その態様等について個別的、具体的に吟味することなく、一般的に関税法第一一一条を適用して申告義務を刑罰でもつて強制することは、黙秘権を保障した憲法第三八条の理念から許されない。

前記最高裁判決の趣旨に照らせば、一般的な関税法の規定目的が正当なものであるからといつて、個別的、具体的に当該貨物の性質等を考慮することなく、一律に自己負罪の端緒となるような事項を申告させる規定を適用することは許されない。

刑罰をもつて許可を得ることを強制できる貨物は何で、刑罰をもつてまで許可手続を得ることを強制できない貨物は何であるかを、具体的に考慮することが必要である。

三、そしてそのためには、当該貨物について輸入の申告をさせることが、直接的、一般的に自己の刑事責任追求の資料を提供する結果になるか否かにより決せられるべきである。

かかる観点から本件をみると、

税関における貨物輸入の許可手続は携帯品申告書等に記載して申告し、許可を得るものであるから、文字通り携帯品として現に覚せい剤を所持している行為そのもの(覚せい剤取締法にいう覚せい剤の輸入罪ないし、所持罪に該当する)

換言すれば、現に自己が罪を行いつつある進行形の行為については供述することを義務づけることになる。

現行犯であるから何人でも逮捕できる状況にあるのに、その犯罪行為を申告させるという不合理が生ずる。

行政法規は行政目的達成のために、特殊の業者等に対し、一定の供述義務を課しているが、そのことと憲法第三八条の関係については、黙秘権尊重の立場から、諸々の配慮がなされていることは周知のところである。

即ち、交通事故にかかわる報告義務については、事故発生後の単なる結果の報告で足り、事故の原因等刑事責任の追求に直接結びつくものは報告する事項に該らないとされているし(最高裁大法廷昭和三七年五月二日判決)所得税法にいう収税官吏の質問についても、過去の犯罪行為把握の端緒となり得る虞れの有無が問題とされているのである(最高裁大法廷昭和四七年十二月二二日判決)。

これらと対比する時、本件は格段の相異がある。

即ち、交通事故の報告については、事故結果の報告で足り、事故原因については不要であるから、事故原因如何によつては処罰されずに済み、また、収税官吏の質問に正直に答えても、調査の結果処罰されないこともあるのにひきかえ、本件は申告すれば、例外なく必ず覚せい取締法違反の現行犯として、逮捕厳罰に処せられることが明らかであるからである。直接的に自己が刑事責任を問われる行為について供述されることになる。

このような強制は、憲法第三八条に違背し又前記各最高裁判決にも矛盾するというべきであり、従つて、輸入貨物について許可手続を強制する関税法第一一一条の規定は、一般的に許可手続を執ることが期待できる貨物(その貨物を輸入することが他の刑罰法令に触れない場合ないしは、他の刑罰法令に触れるとしても少くとも現行犯として検挙される虞れのない場合)を対象とするものであつて、本件に適用することは許されないと解する。

以上のとおり、原判決は、憲法第三八条の解釈を誤り、最高裁判所の判例と相反する判断をしたもので、破棄されるべきである。

弁護人一松弘の上告趣意<省略>

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